北京オリンピックが始まり、卓球の団体戦もいよいよ13日スタートする。また、個人戦の組み合わせも決まり、福原愛は3回戦からの出場で、4回戦で世界ナンバーワンのチャン(張)対戦することになった。もし、愛ちゃんが3回戦に勝てば、チャンとの一戦はテレビで放送するだろうから、そのときはチャンのこれから述べるような動きを注目してもらいたい。
 それは結論から言えば、チャンの「横の動き」である。チャンの強さの最大の秘訣はこの横の動きなのだ。彼女は横の動きで攻撃と防御の両方ができるのである。


攻撃と「前」への動き
 卓球のプレースタイルで圧倒的に多いのが攻撃型である。なぜだろう。まあ、守るよりも攻撃するほうが面白いという人が多いからだろうが、やはり卓球というスポーツは攻撃したほうが断然勝ちやすいからである。これは、小学生の大会からオリンピックまで、卓球の試合では同じことがいえるのだ。
 攻撃型対攻撃型の対戦で有利にたたかうために、ほとんどのプレーヤーは相手よりも先に攻撃を仕掛けようとする。自分(攻撃型)が負けた試合で、相手が攻撃型の場合、その敗因は相手の先制攻撃にやられたというケースが非常に多かったはずだ。だから、卓球の試合では、ほとんどの選手はいかに先手をとって攻撃するのか、ということにいつも意識が向いている。そして、この「意識」はけっしてまちがったものではないだろう。
 この攻撃を動きのなかで見ると、フォアハンドの強打、パワードライブやスピードドライブはすべて「前」への動きである。強打にしろドライブにしろ、打球したボールにスピードを与えたいので、どうしてもその動きは前への瞬発力となる。
 いかに、いち早くボールをとらえて前へ踏み込むかに、勝負の行方はかかっているといっても過言ではないだろう。

レベル高くなるにつれ要求される「横」への動き
 ところが、レベルが上がってくると、いち早くボールをとらえさせないようになり、また前に踏み込めなくなってくる。もちろん、そうさせると不利だから、そうさせないようなテクニックが駆使させられるためだ。
 また、レベルが上がってくると、強打一発、ドライブ一発で決まることが少なくなってくる。相手のブロックやカウンターの技術力も上がってくるからだ。レベルが上がってくると、前へ踏み込むことが穴をつくってしまうというか、前に踏み込んで攻撃していることが不利な展開になることが多くなる。なぜだろう。前へ踏み込むことによって、次の打球への動きが遅れてしまうからだ。
 たとえば、バックサイドにフォアハンドで回り込んで、思い切り踏み込んでクロスに強打したとしよう。この場合、自分のフォアサイドはがら空きとなる。相手にストレート方向に、軽くブロックするだけでノータッチで抜かれてしまう恐れがある。
 したがって、レベルが上がれば上がるほど、前への瞬発力だけではなく、横への速い動きが要求される。ところが、この「前への動き」と「横への動き」というのは、そうは臨機応変にくるくるとチェンジできるものではないのだ。
 あまりに「前」への意識が強すぎると「横」への動きがおろそかになるし、逆に「横」への動きに意識がいきすぎると、「前」への動きが遅くなってしまう。
 このことはつまり、「前」という攻撃への意識が強すぎると、「横」という防御への意識が弱くなり、「横」という防御への意識が強すぎると「前」という攻撃の意識が弱くなるとことを意味する。
 また、こういってもいいだろう。「前」は攻撃力を得るかわりに「時間」をうしない、「横」は攻撃力を減少させるかわりに「時間」を得ると。

「前」の待ちと「横」の待ち

 これは飛んでくるボールの待ちかたと大きな関係がある。「待ちかた」というのは、たとえばドライブ攻撃型とカット主戦型で比較してみるとよくわかるだろう。前者と後者では、とくにレシーブの場合など、そのボールの待ちかたが全然ちがうはずだ。多くのドライブマンは、レシーブで相手のサービスが長ければドライブしうよと待っているだろうし、多くのカットマンはレシーブではほとんど、ツッツキやカットなどでリターンしようと待っているはずだ。
 この「待ちかた」は、攻撃タイプでも微妙にその攻守の比重は変わっている。バックハンド系の技術に自信のある攻撃型プレーヤーなら、「前」60%「横」40%くらいかもしれないし、とくに女子の選手はこれくらいの比重でボールを待っている場合が多い。あるいはフォアハンドのパワードライブとフットワークに自信のある、とくにペンホルダーの男子なら「前」90%「横」10%ぐらいで待っている。
 まあ、いずれにせよ、攻撃タイプは「前」が50%を割って待っているプレーヤーはほとんどいないだろう。ところが、チャン・イニンは「前」が50%を割って待っているのだ。「前」が20〜30%「横」が70〜80%くらいだろう。
 この比重の待ちかたなのに、チャンは「攻撃型」なのだ。この「待ち」ができるからこそ、彼女は世界ナンバーワンの座を維持できたのである。
 「横」の待ちは攻撃への瞬発力を不利にするが、飛んでくるボールを確実にとらえるリターン力はアップする。それはミスの減少を意味する。言葉を換えれば、「横」重視は、「前へ出る」ことへの瞬発力やパワーを不利にするかわりに、安定感を得るのだ。だから、チャンと対戦した日本の女子選手が「まったく、ミスをしてくれない」という趣旨の言葉を異口同音に発するのである。
 そして、ここで間違えないでいただきたいのは、チャンはけっして攻撃力がないわけではないということ。「横」に比重のかかった待ちで、強力な攻撃が可能なのである。
 実際に前に踏み込むような攻撃はほとんど見られないが、「前」に出なくても瞬発力やパワーのあるボールを打てるのだ。前への踏み込みによって得られるパワーはかなり強力だが、それを鍛え上げたフィジカルの強さでカバーしているのだろう。さらに、実際に打ってくるまでなかなか判断がつかないチャン独特のフェイントモーションも、チャンの攻撃力を倍加させている。

平野の「前」と「横」のバランス
 この「横」の待ちを日本人プレーヤーで、いちばん意識しているのが平野早矢香だろう。彼女の場合は、2004年度の全日本で優勝して、その後、「横」に比重が傾きすぎたというか、「前」への動きが少なくなってしまい、05年度は優勝を逃したが、その後、「前」への比重を高めることで、06、07年度の全日本優勝をもぎ取った。
 やはり、「前」と「横」の動き、あるいは「待ち」というものは、そうはたやすくバランスがとれるものではないのだろう。
 だが、やはり平野は「横」の比重が高いプレーヤーであることにはちがいないし、「前」と「横」のバランス、つまり攻撃と防御のバランスが、「動き」と「待ち」とも日本の女子のなかでは群を抜いている。

「待ちのスタンス」と「時間」
 チャンはサービスのインパクトまでボールを見ないで、レシーバーの相手の動きを見る技術を獲得しているが、これは「時間的余裕を得る」ということでもある。
 チャンの最大の特徴は、「横」への動き、それにサービス時の時間的余裕の獲得のように、「待ちのスタンス」にある。この「スタンス」とは足の構えではなく、ボールをとらえる意識の構えである。
 すべてのボールゲームは、「速さ」「力」「時間」を競うことに集約されるのだが、卓球においてはレベルが高くなるほど、その比重は「時間」が高くなってくる。その時間をもっとも意識したプレーヤーが世界ナンバーワンの座にいることは、なんら不思議なことではないだろう。

                     秋場龍一

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