なぜ、水谷と平野は北京五輪で
「カットマン」に負けたのか

 今回の技術論は、攻撃タイプのための対カット攻略を展開してみたい。また、合わせて、カットマンのための対攻撃型攻略としても読んでいただけるだろう。
 攻撃タイプの真の実力を知るには、その対カットマン攻略を一見すれば、ほとんど知ることができる。かなり成績上位のプレーヤーでも、強いカットマンと対戦すると意外に脆く敗退することがあるものだ。そんなカットマンに弱いプレーヤーは、さらに上位をめざすための、重要なテーマを与えられていると考えたほうがいいだろう。
 また、こう言ってもいいだろう。さらなる上位をめざしたいなら、攻撃タイプは徹底的に対カット攻略をマスターする必要がある、と。もし、マスターできれば、それは単にカットマンだけではなく、対攻撃タイプなど、すべてのプレースタイルにも普遍的に通じる真の力量を身に付けることができるだろう。
 攻撃型は対カットマン戦において、先に攻撃を仕掛けることができる。また、カットマンも、少なくとも60%以上は相手に攻撃させるのを待っている。もっとも、これが50%以下だと「カットマン」と呼べなくなってしまう。そういう、ある程度、自由に攻撃を先にできるカットマンにたいして勝ちきれない攻撃タイプは、どこかに重大な問題を抱えている。
 そして、総じて日本の攻撃タイプは、対カットに弱い。それは今回の北京オリンピック日本代表をふくむ、日本のトッププレーヤーにも言えることである。
 そのことを端的に示したのが、まさしく北京オリンピックだった。男子団体では銅メダルがかかった対オーストリア戦で、水谷は2番手でカットマンのチェン・ウェイシン(陳)に0(-4、-12、-7)3、また女子団体では銅メダル決定戦の対韓国戦において、平野は1番手で同じくカットマンのキム・キョンア(金)に1(-9、-4、7、-10)3で敗れた。
 水谷と平野は日本チャンピオンであり、その実力は日本ナンバーワンにまちがいない。水谷と対戦したチェンは元中国選手だが年齢的にはピークを過ぎている。平野はカットマンには強いという評判で、おそらく日本の女子のなかで、もっとも対カット攻略に長けたプレーヤーだろう。そんな日本の男女チャンピオンが、メダルのかかった一戦でともにカットマンに完敗したのである。
 また、日本国内に目を転じれば、全盛期の松下を全日本で破っ攻撃タイプは偉関(吉田は06年度の大会で破っている)だけだ。松下につづく下の世代から、何人もの有望視されるプレーヤーが出てきたが、ほぼすべて松下のカットの前に、実にあっけなく敗れ去っていった。全盛期の松下を撃破できる攻撃力を有したプレーヤーは、ついに現われなかったのだ。日本卓球の停滞は、この点にみごとに集約されるのではないだろうか。
 そう言うと、松下の力量が問われるだろうが、松下の全盛期は、日本はもちろん世界的にも屈指のカットマンだった。彼を破るには、かなりの力量が必要であることは言うまでもない。だが、しかし、松下は中国、ヨーロッパのトッププレーヤーのパワードライブの前に太刀打ちできなかったことは事実としておかなければならない。たとえば、松下がパーソン(スウェーデン)やワン・リチン(王励勤)と対戦したとき、勝てる要素は、ほぼまったく見当たらなかった。そこには、厳然とした「力の差」があった。
 この、過去のことだが、客観的な事実は何を物語っているのだろう。これはあくまで私見だが、松下を圧倒する攻撃タイプが輩出しないところに、日本卓球の根底的な問題がひそみ、またそのような攻撃タイプが国内に見当たらないために、松下は世界のトッププレーヤーに圧倒されたのではないか。極論すれば、日本の卓球界の低迷は、対カット攻略にあるのでは……。
 水谷も、たしか3年前の全日本で松下と対戦して、ほとんど歯が立たずに敗退したのを目撃している。いま、仮に全盛期の松下と現在の水谷が対戦したら、水谷は果たして松下に勝てるのだろうか。私は勝てないと踏んでいる。現に北京オリンピックでチェンに負けているではないか。水谷は2012年のロンドンオリンピックで金メダルを獲る可能性が高い。ただし、それは強豪カットマンを圧倒する力量を得る、という条件を付けてのことだ。


世界トップに見る
対カット攻略の王道

 ではいったい日本の攻撃タイプのどこに、対カット攻略の問題があるのだろうか。それはパワーであり、そのパワーを補償するフィジカルであり、旧態依然とした対カット攻略法(戦略・戦術)からの脱却である。
 それにはどうすればいいのか。まずはパーソンやワン・リチンなど世界のトップは、対松下戦において、どのように戦ったかを分析することから始めてみよう。
 まず、松下のバッククロスに、いきなりがんがん、深くて強力なパワードライブを2、3本連続で打つ。松下はそれをしっかりとカットで止めるのだが、それは余裕のあるブロック・カットとは言い難く、そのパワードライブの威力によって、バックサイドの対角線上に台から離れることになる。そして、3本目か4本目、松下のカットがクロスにきたところを、今度は松下のフォアサイドへストレートコースに、深くて強力なパワードライブを放って仕留めてしまうのだ。もし、これで決まらなければ、ストップなり、ループドライブでつないで、また先程と同じように攻めるのである。ただし、フォアサイドへストレートコースにパワードライブを打つ場合と、深いミドルコース(右ポケットあたり)を選択することもある。
 この対カットマン攻略法はドライブ型攻撃タイプの王道と呼んでもいいだろう。ただし、これはスピードグルーができたときの話として、過去のこととなるかもしれない。さて、ではなぜ、世界のトップはこのような対カット攻略を仕掛けたのか。それはグルーイングによって、よりパワーのあるドライブが出せたことと、カットマンのフォアハンド攻撃力の向上とバック面ツブ高ラバーにある。
 まず、なぜカットマンのバックサイドから攻めるのか。これはフォアから攻めた場合、カットマンのドライブ攻撃の反撃に合う可能性があるからだ。通常、カットマンはバック面にツブ高を貼り、中後陣からのバックハンド攻撃はあまり得意ではないためだ。
 しかし、ツブ高のカットの切れ味は半端ではない。ドライブのトップスピンが掛かっているほど、バックスピンとしてリターンされてきて、そう簡単にはドライブで持ち上がらない。
 ここで話がちょっと逸れるが、これは中高生の選手や指導者は覚えておいていただきたいことだ。中学や高校の試合で、バック面にツブ高、フォア面に裏ソフトを貼ったカットマンと対戦したとき、そこそこできるカットマンの場合、やはりバックにドライブをすると、ものすごいバックスピンのカットが返ってくる。こんなケースでは、まずフォアコースからドライブをして、チャンスボールをバックに打ち、もしカットでリターンされたら、ストップして、もう一度同じパターンで攻めることを試したい。もちろん、これはバックカットが切れて、ドライブで持ち上がらないとき、それにカットマンのフォアハンド・ドライブなり攻撃がそれほど強力ではないという条件が付くが。


40数年前の対カット攻略から
脱しきれない日本のプレーヤー

 さて、日本のトッププレーヤーのカットマン攻略とはどうなのだろうか。これは、はきり言おう。ほんとうにお粗末なのだ。基本的には、ループドライブでねばり、カットが浮いてきたら、強ドライブかスマッシュで決めるというものだ。ループドライブが開発されたのが、いまから約42、3年前と記憶している。
 その当時は、山なりのロビングまがいのドライブでも、その回転の強さから、相手はなかなかリターンできなかったものだ。いまでは、そんなドライブでは、相手のカットマン、攻撃タイプにかぎらず、狙い撃ちされてしまう。現在のループドライブは当時よりも低く、パワーもある。だが、基本的には40年前と同じカット攻略である。
 この間、当たり前だがカットマンは学習し、そんな攻略法への対応は(技術レベルに準じるが)できている。にもかかわらず、相変わらず攻撃タイプは同じような戦い方を繰り返している。これでは、攻撃タイプはもちろん、カットマンも上達しないではないか。なぜ、世界のトップは前述したように攻めているのに、日本ではそれができないのか。
 いや、例外だが、世界のトップ並みに攻めたプレーヤーがいた。それはともに、元全日本チャンピオンの岩崎であり吉田である。ともに、豪ドライブの持ち主である。岩崎はかつて全日本の決勝で松下と並ぶ日本カットの双璧であった渋谷を破り、吉田も06年度の全日本6回戦で松下を破っている。06年度に到る10年間ほど、松下と岩崎の両カットマンを破らないと、全日本で優勝はもちろん、上位進出は難しかった。
 ここで、留意しておきたいのは、岩崎と吉田は、ともに日本屈指のパワードライブを打てるということだ。では、その10年間、それ以外の日本のプレーヤーは、みんな松下と岩崎の前に惨敗したのか。その傾向にあったことはまちがいないが、世界トップクラスの対カット攻略を見せてくれたプレーヤーもいた。
 その1人が、元日産のシェークハンドのドライブ攻撃型である戸田だ。(以下の話は、たぶんまちがいないと思うが、古い話なので記憶ちがいかもしれないことをご承知おきいただきたい)
 戸田が全日本で渋谷と対戦したときだ。ちょうど、渋谷はこの全日本の直前の海外のオープン戦で全盛期のワルドナーを破り、意気揚々として凱旋帰国したはずだ。もちろん全日本の優勝候補は渋谷で、対戦する戸田は日産のレギュラーだったがエースと言える存在ではなかった。
 この二人の対戦の結果は、誰もが渋谷の勝ちを予想した。もちろん私もだ。しかし、両者が対戦すると、戸田が圧倒したのだ。その攻略はこうだ。戸田はサービスをもつと、渋谷のバックにスピード系ロングサービスを出し、カットで返ってきたボールを渋谷のバックサイド深くにパワードライブで攻め、それを2、3本繰り返し、渋谷がバックサイドに対角線上に台から遠く離れたとき、渋谷のフォアへガツンとパワードライブを打った。そして、これがみごとに何本も決まった。
 そう、この戸田の攻めは、世界のトップと同じ、対カット攻略戦法である。渋谷も何とか勝機を見出そうとしたが、結局最後までこの戸田の攻撃を防ぎきれず、実にあっけなく渋谷は戸田に屈したのだった。
 こんな攻略ができた選手もいたのである。しかも、明確な結果をともなって。あの戸田対渋谷の一戦を、会場にいた多くのプレーヤーは観たはずだが、残念ながら教訓として学習した者はいなかった。
 では、なぜ日本のトッププレーヤーは、戸田のように、そして世界のトップのように、カットマンを攻められないのだろうか……。(この続きは近日公開します)

                     秋場龍一

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