「世界卓球・横浜」
きみはどの視点から観るのか

「試合は観ることも練習だ」の質問に答えます
世界選手権横浜大会が28日に開催されます。ゴールデンウィークは「世界卓球」に釘付けという人も多いかもしれません。
そして、この卓球界のビッグイベントが間近に迫ったとき、実にグッドタイミングで「Q&A」にナイスな質問が寄せられました。

Q 卓球に限らずいろんなスポーツは「試合を観ることも練習だ。」と言われますが、卓球の場合は試合をしている選手のどういうところを観れば良いのですか?  僕のレベルでは、なんかあのラリーは凄かったな、と思う程度です。一体どういうところを観れば自分のプラスに出来ますか? よろしくお願いします。

…という「ハンドルネーム・レオ」さんからの質問です。
今回の技術論はこのご質問にお答えするかたちで「観戦力」について展開してみたいと思います。


A 卓球にかぎらずスポーツの試合を観戦するとき、いろんな観戦ポイントがあります。
1.味方を応援する
2.試合内容・展開を楽しむ
3.トッププレーヤーや優秀な選手のプレーから学ぶ
4.対戦相手の情報を得る

ざっと、この4つが、観戦するときの視点のポイントでしょう。
私は卓球以外のスポーツ、たとえば野球やサッカーを観戦するときは、できるだけ[1]の「応援」ではなく、[2]の「内容・展開」に視点を置きたいと、意識的に観るようにしています。
この3月に行われたWBCでは、多くの人がテレビの前で熱くなって「日本ガンバレ」と応援していたことでしょう。もちろん私もその中の一人です。
しかし、一方で熱く応援している自分とは別に、可能な限り客観的に試合内容や展開を読み、観戦しようとしているクールな自分が居ます。このクールな視点は、ある程度意識して、それなりに努力して観戦する必要があります。

「応援」と「観戦」の違い

なぜ、私は野球を観戦するのに「意識したり」「努力したり」するのでしょうか?

それは試合を単に応援して、勝った、負けたでは、その試合の面白さが半減するからです。野球のWBCやサッカーのW杯予選は国対抗となり、自分の所属する国を応援することになります。勝った、負けたの応援では、どうしてもそこに感情が入り込んできます。とくに韓国戦になると、野球でもサッカーでも、このことを感じる人が多いのではないでしょうか。

感情が入れば入るほど、その観戦のボルテージは上がり、そういった意味での面白さは増えます。でも、この視点の観戦するウエイトばかりだと、試合が終わったあと、なにかしら、虚しさを感じることはありませんか。私は、それを強く感じ、その虚しさはどこからくるのか考えました。

こんなことを言うと、「お前はクールな視点ではなく、人間がクールな、冷たい奴なんだろう」と揶揄されるかもしれません。

いや、実は私はとっても熱い人間なんです。あのWBCの決勝戦でイチローがセンター前に優勝を決めるクリーンヒットを打ったときは、ご近所、向こう三軒両隣に響き渡る雄叫びを挙げましたし、サッカーのW杯予選のアゥエーでの対戦は、時差の関係で深夜や早朝にテレビ放送されることが多く、私はほとんどのゲームを起きてライブ観戦しますが、そんな人が寝静まった時間帯であろうとも、日本がゴールを決めると、思わず歓声を通り越した喚声を挙げて、隣でスヤスヤと寝ている犬のビッキーを飛び起こさせてしまう、ハタ迷惑な熱い人間なのです。

そんな熱い人間ではありますが、その熱さはすぐに冷めて、虚しいものになってしまう、ということを自覚している人間でもあります。

熱くなるのは、いわば放っておいても熱くなりますので、それはそれで楽しみつつ、そのゲームの奥行きというか、深さを味わいたいので、冷静に分析・観察するように観戦しようとします。これは意識しないと、なかなかできません。しかし、これは職業的な物書き、あるいは卓球コーチということから、冷静に試合を観察するという、傾向というか癖みたいなものが人よりも身に染み込んでいます。まあ、一種の職業病かもしれません。

応援に熱くなるのを覚えながら、そういうクールに試合を眺めるスタンスでいると、たとえばテレビで野球観戦しているとき、投手が投げる瞬間に「あ、暴投だ」とひらめき、その1秒後に、ほんとうに暴投して決勝点が入ったり、あるいは球場で観戦しているときは、「あ、スクイズ」だとひらめき、まったくバッテリーがノーマークでまんまとスクイズが決まったりということなどが、ぴたりぴたりと頻発します。

応援で太鼓叩いたり、ラッパならしたりしていると観えないものが、クールでいるとそのスポーツの妙みたいなものが味わうことができるのです。

一度、巨人主催の東京ドームでの試合で、太鼓やラッパなど、鳴り物を禁止したことがありました。そのときに、まだ当時現役だった桑田真澄が、あの投手のボールが捕手のミットに収まるときに出るズボッという音を楽しんでください、みたいなことを述べていましたが、そういう楽しさもクールでいるとき味わえるのです。

もうずいぶん前のことですが、いま青森山田の総監督である吉田安夫氏が埼玉工業大学深谷高等学校の監督だったたときに電話取材したとき、サービスの組み立て方について、野球の投手の配球がとても参考になると言われたのですが、やはり卓球界の名将はクールにテレビ観戦していたわけです。

ちなみに、サッカーほど観戦して面白いスポーツもなく、またサッカーほど熱くなるスポーツもないでしょう。だから世界中で人気のスポーツになっているのですが、もうサッカーというスポーツの構造自体が、観戦者を熱くするように設計されています。だから、熱くなるなというのは無理な注文かもしれません。

ここで私が言いたいのは熱くなるな、と言ってるのではありません。それはそれで、熱くなって、大いに楽しめばいいのです。ただし、単純に熱くなるだけではなく、クールになって、ゲームそのものの、「いま、この現在」のゲームの内容や展開を味わう視点をもつと、もっと深い面白さが堪能できる、ということが言いたいわけです。

こういう客観的でクールな視点を持つことは、自分がプレーヤーやコーチ・アドバイザーの立場になったとき、メンタルあるいはタクティカルな面から、ものすごく役立つことになってくるのです。

勝った、負けたの応援をしているとき、それは結果に一喜一憂するわけで、未来に視点を投げることになります。同じように、自分がプレーヤーで試合中に結果に拘泥したとき、やはり未来に視点を投げることになります。

未来に視点を投げるとき、それはいまにいないことであり、実際のゲーム中という現在にいないということになります。そうなると、途端にプレーが慎重になりすぎたり、また逆に強引にいきすぎたりして、思わぬ凡ミスが出てしまうのです。

コーチとしても同様で、試合をアドバイスしているとき、あまり勝ち負けにこだわって観ていると、試合を分析することがなおざりになってしまうのです。ですから、コーチの立場からは、いつだって冷静に試合展開、敵と味方のスイング、メンタル、タクティカルなどのチェックを怠らないことです。そうすれば、より鋭い分析ができて、的確なアドバイスに結びつきます。


 そして、プレーヤーにとって必要なのは、この「コーチ的な分析力」なのです。つまり、自分のプレーを、もう一人の自分が冷静にクールに観察できる視点なのです。おそらく、イチローをして、世界一の安打王にしているのは、この視点の鋭さなのです。イチローほど、自己分析力に優れたプレーヤーもいないでしょう。その視点が、まさに彼のバンテージポイントになっているのです。


 私は卓球コーチの経験がないとき、以上のような視点はほとんど持っていなかったのですが、コーチを経験することで、中学や高校レベルはもちろん、それがトッププレーヤーであっても、その試合中のミスはどこに起因するのか、テクニックとメンタルふくめて、一瞬のうちに、正しく的確に解説することができます。


 これは別に自慢するために述べているのではなく、コーチとしての視点を持って、観戦していると、誰だってこれくらいの能力は養われてくるのです。


 私はときどき、ふっと思います。私が卓球の現役の選手だったとき、いまくらいのコーチとしての能力が備わっていれば、もっと上のレベルのプレーヤーになってたのになあ、ということです。


 スポーツ技術の向上は、練習での失敗の連続のなかで、修正を積み重ねていく過程にあります。より上達する人ほど、より多くの失敗をしているものです。なぜなら、失敗を失敗と認めることができ、他人には成功であっても、その目的意識が高いことから、その本人には失敗となるからです。


 逆に言うと、いつまでも下手な人というのは、失敗を認める能力に劣るのです。これは何度か述べていますが、いつまでも下手な人は自己分析力に欠けているのです。


 ですから、「試合を観るのも練習」といいのは、練習も練習、それは非常に重要な練習ということになります。試合だけにかぎらず、練習のときも、自分が打ってないときは、練習している人のスイングやメンタルなどを自分なりに冷静に分析してみることです。そうしているうちに、それが自己分析力を高めることにつながり、向上することにつながってゆくのです。

ラリーではなくプレーヤーをポイントを絞って観る

 さて、レオさんの「試合をしているとき、どういうとこを観ればいいのか」という質問にまだ完全に答えていません。


 よく、高いレベルの試合を観戦しているとき、スマッシュ対ロビングのラリーがつづくと、観客から「ワーッ」という歓声が挙がりますが、私は
こんなラリーは正直、歓声を挙げたり、すごいプレーだとも思いません。


 まあ、別にスマッシュ対ロビングのラリーを喜ぶなと言ってるわけではないのですが、ゲームの妙味というのは、もっともっと他のところに数多くあるものです。


 さて、観戦の大局的な観方は、前述したことで、ご理解いただけたと思います。次に、自分が卓球プレーヤーとして、たとえばトッププレーヤーから、自分に参考になるようなものをつかみたいという目的意識がある場合の観方について展開してみましょう。


 それは上記の[3]に充たるわけですが、こういう視点で観るときは、「ボールを追わない」ことです。どうしても試合を観るとき、ラリーの行方が気になります。まあ、とうぜんです。しかし、これは技術的なものを参考にするとか、技術を盗むというとき、こんな観方では役に立ちません。


 ボールを観ないで、その注目したいプレーヤーそのものをじっと観察するのです。そして、自分になにか課題があるなら、その課題の具体的なポイントに絞って観察するのです。


 たとえば自分のドライブはどうやってもパワーがない。そこでパワードライブの世界ナンバーワンである中国の王励勤(ワン・リチン)のドライブに学ぼうと、彼の試合を観戦するとします。


 このとき、ドライブの一連の動作を観ることも必要ですが、もう一歩具体的に、たとえば重心移動はどうやっているのかというポイントに絞って、王の下半身に注目すれば、その具体的な動作がクローズアップされて、より明確にコツをつかみやすくなります。

 もし、横浜に世界選手権を観戦に行かれるなら、以上のような視点で世界のトッププレーヤーをご覧になることをおすすめします。

また、自分が目指そうとしているプレースタイルを、試合に参加するトッププレーヤーから見つけ出して、そのプレーヤーの試合の追っかけをするのもいいでしょう。


 あるいは、今回の世界大会は、スピードグルーが使用禁止になって、世界の卓球はどう変わるのか、大注目の世界大会でもあります。もしかしたら、そのことによって、中国・千年王国の牙城が崩れるかもしれません。いまの中国のプレースタイルは、超粘着ラバーとスピードグルーの10回以上の重ね塗りによって補償されているといっても過言ではないからです。


 私が3メートルの至近距離で観戦した王励勤の試合で、そのスピードとパワーに、びっくりしましたが、スピードグルー抜きで、あのスピードとパワーは出るのか、ぜひ観てみたいものです。


 ちなみに、スピードグルーにかわって打球のスピードを得るには、スイングとフィジカルの強化しかありません。もうすでにその傾向を見せていますが、いま世界のトッププレーヤーのスイングは、確実に水平スイングに移っています。


 さらにトッププレーヤーが出場する試合で見逃してはいけないのが、ゲーム前の練習です。これは2分間の練習でフォアハンド・ロング、バックハンド・ロング(シェークはハーフボレー、ペンはショート)、それにドライブとそのブロックというテクニックを学ぶ最高のチャンスです。


 ゲーム中ではよく捉えられないスイングの方法が、練習のラリーではっきりと見せてくれるのです。とくに観ていただきたいのは、ほとんどプレーヤーがシンプルで、実にコンパクトなスイングだということです。


ときどき、卓球の基本技術とトッププレーヤーの技術とは別のものだ、みたいに考えている指導者がいますが、それは大変な誤りです。トッププレーヤーの華麗なプレーというのは、基本技術がしっかりとしているから可能になっているのです。


これは笑い話でもなんでもないのですが、日本の学校、あるいは町のクラブで、1950年代、60年代のスイングやテクニックを指導原理としている監督・コーチ・指導者がたくさんいます。

対戦相手の情報のつかみ方

 最後に[4]の試合で対戦する相手の試合を観戦する場合の視点です。試合の組み合わせ(ドロー)を見れば、前もって対戦する選手のプレーを観戦することができます。これは相手が強かろうが弱かろうが、ぜひ観ておきたいものです。


 このときも、ボーッと観て、単純に「あぁ強いなあ」とか「なんだヘボだ」とかではなく、もっと具体的にポイントを絞った観方をしたいものです。


 まず、相手のサービスの種類、コースはぜひチェックしておきましょう。サービスが上手い選手といっても、何十もの種類のサービスを持っているわけではなく、その回転の種類とコースの特徴つかんでおくと、試合の序盤から有利になります。


 また、たとえば、試合の局面で必殺のしゃがみ込みサービスを使うということを知っておくだけでも、実際にその局面になったとき、その情報をあらかじめ知っていたかどうかで、気持ちに余裕がでて大きな差になります。


 また、そのチェックしたい相手の対戦者が、たとえばレシーブでよくネットにかけるならば、サービスのバックスピンがよく掛かっているので注意しようという備えになります。


 サービスのほかには、レシーブと主戦武器、それにコース取りです。選手にはかならず、ある特徴や傾向があるのでそれをつかんでおくとかなり有利になります。


 たとえば、プロ野球では相手選手を素っ裸にするほど分析・研究します。この投手は、直球とスライダーを投げるときヒジの位置が違うとか、牽制球を投げるとき利き腕と反対の肩の開きが違うとか、ほんとうに微妙なポイントですが、そこがもし解析することができれば、これほど有利なことはないわけです。


 むかし、巨人と西鉄との日本シリーズで、稲尾を打ち込んでいたのが一人、長嶋だけでした。なぜ、長嶋は稲尾を打てたかといえば、稲尾が直球と変化球を投げるときの、わずかな投球フォームのクセを長嶋だけが見抜いていたからです。


 稲尾は、なぜ長嶋だけに打たれるのか疑問に思い、その自分の投球フォームに問題があることを稲尾自身が見つけて、それを修正して、その後は長嶋に打たれなくなったというのです。


 こういうことはけっしてスポーツの邪道ではなく、これも技術の大いなる一部なのです。一流のプレーヤーというのは練習も人の数倍しますが、頭脳も人の数倍使っているのです。


 たとえば、現在の楽天の野村克也監督も、その頭脳を活かしきることによって、現役そして指導者としても、長きに渡って現場に居ることができたのです。

世界卓球を観に横浜へ行こう

世界選手権まで、あと数日。できれば、実際の試合現場に足を運んで、ライブで観戦したほうが、その分析はより精密にできるようになります。テレビだと、どうしてもカメラワークによって制限されてしまいますから。

 もしかしたら、男子では水谷、女子では平野の両日本チャンピオンが、そして男子ダブルスの岸川・水谷組、女子ダブルスでは平野・福原組、ミックスでは田勢夫婦ペアが表彰台に立つようなことがあるかも…。

 もちろん、そっちの期待も膨らんでの観戦となります。

卓技研・秋場龍一

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