世界卓球・横浜を総括

 横浜で開催された世界選手権が終わって1ヵ月になろうとしています。結果を見れば、男女とも中国の圧勝。他国をまったく寄せ付けない完全制覇です。スピードグルーが禁止されて、その影響が中国卓球に及ぼすと見られたものの、大会が始まれば何事もなかったように「フツーに」、表彰台を独占してしまいました。
 いま、世界の卓球界の大きな悩みは、この中国の強さにあります。そのあまりの強さに、当の中国卓球界もが、ダブルスには最強のペアを出場させないなどの「対策」を立てたほどですから。
 やはり、中国の卓球ファンも、オリンピックや世界選手権で、中国人同士の決勝戦には退屈を覚えるようです。今回の世界選手権は中国でも放送され、いちばん盛り上がったのが馬琳対松平健太の一戦だといわれています。
 では、その中国に勝つにはどうすればいいのでしょうか?
 今回の技術論は、世界卓球横浜の試合をヒントにその突破口を見つけてみたいと思います。

可能性がある日本男子

 中国の圧勝だったものの、馬琳と今大会のいちばんの熱戦を演じた松平健太、そして丹羽、さらに男子ダブルスで健闘した松平賢治・上田は、3年後のロンドンオリンピックでは、この千年王国の牙城を崩せるかもしれないという希望を感じました。
 その理由は、まずこの日本男子4人がいずれも前陣で戦えるということ、つぎにバックハンドが大きな武器で、バックハンドだけで得点となる決定打ができるということです。バックハンドに関して、松平健と丹羽は秀逸です。とくに松平健のバックハンドのぶち抜きツッツキ強打は、世界で彼だけのオンリーテクニックでしょう。
 通常、前陣でのバックハンド強打は、ハーフボレーのスイングを強く振る、ヒジを軸にしたものでしたが、彼は肘だけでなく、肩も軸として、大きなフォロースルーで振りぬくことによって、スピードを増強させています。
 馬琳との大接戦は、しゃがみこみサービスが効いたのと、このバックハンド強打の威力によって可能となったのです。
 ここに大きなヒントがあります。そう、「サービス」と「バックハンド」です。この2つのポイントを磨けば、中国男子トップと五分に戦えることがはっきりしました。もともと、フォアハンドは日本も中国もそう大きな技術力の差はなかったのですが、サービスとバックハンドはかなり見劣りしていました。
ところが、こうやって松平の活躍を見ることで、あれくらいの技術力があればやれるんだ、という見当をつけることができたのです。
それはリアルにイメージすることが可能になったことを意味しており、イメージできれば、それを意識化することで、人は比較的容易にそのレベルに達することができるのです。
ここで大切なことは、世界トップレベルと自分とは関係のないこと、などとは絶対に思わないことです。それはもう完璧につながっており、密接な関係があるのです。卓球にかぎらず、すべてのスポーツ、いやすべての人間の営為というものは、イメージできれば、それがごくふつうに広いレベルにわたって実現可能になるものです。
たとえば体操競技を見ると、むかしはウルトラCが最高の技術だったのが、いまではD・E・スーパーEと難度が上がっています。高難度の技術が開発されると、最初は世界で1人から数人しかできなかったものが、数年でそのレベルが底辺まで、当たり前になるわかりやすい例です。
松平健のバックハンドも、ライブのほか、ビデオや写真で繰り返し見ることで、そのバックハンドの特徴が多くのプレーヤーにイメージされることになり、おそらく1〜2年後には、あのようなフォロースルーの大きくとった強力なバックハンドを彼以外の選手に見ることになるでしょう。
松平健のサービスは、馬琳だけではなく、全日本の吉田戦でも効果がありました。個性的で強力なサービスは試合をものすごく優位にすることができます。
ただし、サービスは慣れられるものです。事実、松平健のサービスは全日本決勝での水谷戦ではあまり効きませんでした。王子サービスを駆使する福岡春菜が、国内の大会で通用しづらくなっているのは、この「慣れられる」ことが要因です。福岡は自分のサービスを通用させるには、王子サービスの練度上げるとともに、新しいパターンのサービスも開発するべきなのです。
サービスは、たえず新しいサービスを開発しなくてはなりません。かといって、そうたやすく威力のあるサービスを獲得できるわけではなく、毎日こつこつと一人でサービス練習を積むことで、半年以上から一年ほどかけてモノにするのです。
松平健がロンドンオリンピックで馬琳をはじめ中国選手に勝とうと思えば、現在のしゃがみこみサービスに新しい回転やコース、スピードをプラスアルファさせる必要があるでしょう。そして、しゃがみこみ以外の、新しいタイプ、パターンのサービススタイルも追加して開発すべきです。
前に、サービスとバックハンドの強化が課題だと述べましたが、実はもうひとつ重要なことがあります。それは前でプレーするということです。もちろん、プレースタイルを選択するのは、その人の自由であり、中陣や後陣でもどこのプレースポイントでも、好きに選択すればいいのです。
ただ、ここで言いたいのは、前陣で戦ったほうが、明らかに勝ちやすいということです。前で先に攻撃を仕掛け、前でラリーを制し、前で決定打を打ったほうが、現代卓球というプレーの構造上、相対的ですが圧倒的に有利なのです。
この章の冒頭、日本男子に希望があるとしましたが、そこにあえて水谷の名前を出しませんでした。その理由は前陣で戦うことが少ない彼に「希望」を見出せなくなっているからです。
国内はもちろん世界でも、後ろに下がって得点できるのが、彼の大きな特徴です。しかし、それは中国トップ選手以外に限定して通じるものです。今回の世界卓球で、水谷はシングルス4回戦で陳杞(中国)に1ゲームも奪えずにストレート負けしたのは、それが最大の要因となったからです。
彼の利点とされた特徴が、世界トップレベルでは弱点に転化しているのです。彼は非常に才能のあるプレーヤーですが、いまのプレースタイルでいるかぎり、わたしの眼には伸びしろを感じないのです。

平野、福原の構造的弱点

 今回の世界卓球で、もっともショックだったのは平野と福原が、ともにヨーロッパの選手に負けたことです。それは2回戦で早々と負けたからではありません。それは、もう構造的ともいえるほどの問題点を露呈してしまったからです。端的にいえば、平野も福原も力負けしたのです。「力負け」とは、ボールの威力にはっきりとレベル的な差があったということです。
 あの戦いぶりを見ていると、平野も福原も、戦っていて勝てる気がしなかったのではないでしょうか。なぜなら、打っても打っても抜けない、しかも少しでも自分のリターンが繋ぐボールになると、一発で抜かれてしまうからです。
 今回のテレビ放送では、ベンチにマイクがあって、選手とアドバイザーの声を拾っていました。平野が「打っても抜けない」というような声も聞こえていました。平野はあの一戦後、かなり落ち込んだのではないでしょうか。
 わたしは落ち込んでほしいと願っています。落ち込んで、そこから自分の卓球を一から見直してほしいからです。人は落ち込んだり、絶望の淵にたたないと、本当の意味で新しい自分の可能性を求めないからです。
 それほど、彼女たちの卓球は「底」が見えてしまったのです。どうやら、日本女子にとって、スピードグルーの廃止は自分たちの不利になったようです。
 平野の攻撃的なドライブ系のフォアロング、福原のバックハンド強打とドライブは、ヨーロッパのトップクラスには余裕でリターンできる「並みのボール」なのです。端的にパワーがなさすぎるのです。
 ヨーロッパ女子の身長が高く、手足が長く、広いスタンスで、ぶんぶん振り回すスイングから繰り出されるボールの威力は、日本国内の女子にはいません。たとえば、ヨーロッパ選手のバックハンド強打。バックスイングをほとんどとらず、上から叩きつけるように振りぬくハーフボレー強打です。

張の「間」と郭の「上面ドライブ」

 では、あのヨーロッパのパワー卓球に抗するにはどうすればいいのか? 身長や手足の長さは望むべくはないので、強力なパワーを生み出すテクニックと、それを補償するフィジカルを鍛えるしかありません。
 では、そのテクニックとは何か?
 そのヒントは世界卓球女子決勝、張怡寧対郭躍の一戦にあります。結果的にゲームカウント4−2で張が獲ったのですが、その要因は張の「間」にありました。
このゲーム、郭は前陣に張り付いて、そのスピードあるドライブをばんばん打ち込み、張はチャンスがあればもちろん2球目、3球目、4球目攻撃をするものの、それ以外は郭躍の攻撃を一歩も引かずにブロックし、わずかにあまくなったボールは強ドライブで、しかもフェイントをいれてカウンターするというラリーが多くありました。
第1ゲームと第2ゲームは郭の攻撃力が勝ったものの、それ以降はその攻撃をまったくものともしない張のリターン力が勝りました。
ではなぜ、張はあの強力な郭の攻撃をブロックやカウンターできるのでしょうか?
それは張が「間」をとれるからです。間とは、自分がボールをとらえるための「時間」です。間がとれると、強打やねらったコースにうちやすくなるのです。話をわかりやすくするためにたとえれば、高くあがったボールをねらったコースにスマッシュすることは容易ですね。これはボールをとらえる間が十分にあることがひとつの大きな要因です。
レベルがあがるほど、自分の間がわずかでもとれれば強打することができるようになります。よくプロ野球の解説で、「投手がタイミングを外した」ということをよく聞きますが、このタイミングとは間のことです。プロ野球のレベルになれば、少々のスピードボールや変化球でも、自分がスイングするための間(時間)、つまりタイミングがとれればヒットにしてしまうのです。
ところがタイミングを崩されると、なかなかヒットは打てないものです。卓球ではスピードボールや速いピッチ、これにコースやスピンの変化があると、なかなか間がとれません。
この間を世界の女子でもっともとれているのが張なのです。だから、彼女は世界のトップに長い間、君臨しているのです。
では、どうすれば間をとることができるのか。それは次のポイントをあげることができます。

1 前に出ない
2 強打・強度ドライブは横への踏み込みで代用する
3 眼球の動きでボールをとらえる
4 サービスの打球インパクトを見ない

説明しましょう。
まず1は、ほとんど選手は先に攻撃したいので、ボールをとらえて打つとき、前に出ようとします。強打でもドライブでも、ほとんどの場合は前への動きになっているはずです。
もちろんこの動きは「攻撃だけ」を考えれば正しいことです。しかし、問題があります。前に出ようとすればするほど、ボールをとらえる「間」が失われてしまうのです。前に出るほど、間をとって、自分のタイミングで打つのではなく、反射というか反応的に打ってしまうのです。
こうなると、必然的にミスが増えます。とくに深いボールやバウンド後に変化するボールには、対応する時間が少なくなってミスになりやすいのです。
ところが、張はこの前の動きをほとんどしません。もちろん、たとえば3球目に浮いたボールがきたら、思い切り前に踏み込んで強打しますが、そういう前に出る体勢もとりながら、かつ相手の強打をあびても自分の間をとるために前に出ないように抑制しているのです。
そして2ですが、激しいラリーの応酬のなかで、強打や強ドライブをするときは、前に出て打つことができません。その場合、彼女はスイングに威力をつけるために、「横に踏み込む」のです。横に踏み込むことで、前への動きを抑えることができて、しかも強力な打球を打つことが可能となるのです。
さらに3ですが、ボールを顔というか頭を動かしてとらえていると、自分が打ったとき、頭を残したままボールが飛んでゆくので、相手のリターンしたボールへの反応が遅くなるのです。
ボールを眼球でとらえることは、これまで何度も「集中力」の点から述べてきましたが、その利点はそれだけではなく、ボールをとらえる間をとるためにも役立つのです。
また、頭を動かしたとき、ボールをとらえる動体視力はぶれてしまい、それだけ間を失うのです。張はおそらく、眼球でボールをとらえる訓練を十分に積んでいるはずです。
4のサービスの打球インパクトとは、サービスのとき、投げ上げて打球するインパクトまでボールを見ないで、インパクトする瞬間は相手を見ているのです。インパクトまでボールを見てしまうと、反応時間が遅れて、3球目への始動が鈍くなります。ところが、インパクトのときに相手を見ていると、じつにすばやく3球目への体勢がとれるのです。
卓球は「時間」を競う面が大きいスポーツです。10分の1秒、100分の1秒を競うスポーツといっても過言ではありません。卓球の進化とは、突き詰めれば、どれだけ「時間を稼げるのか」に集約されます。

跳ね上がるドライブ

 さて、張と郭の対戦で、ラリー戦で郭が得点した多くが、郭のドライブが「跳ね上がった」ときです。郭のドライブは跳ね上がるのが特徴です。
 ご存知のように、ドライブは相手コートで沈むときと跳ね上がるときがあります。どちらのボールもこれをリターンするのはかなり困難です。さすがの張も郭のこの跳ね上がるドライブには、ラケットの上の角に当てていました。
 ドライブボールが、沈んだり跳ね上がったりするほとんどの原因は、スピンによってボールの周囲に気圧変化が起こり、それによって空気の流れが変わることによるものです。沈む場合と跳ね上がる場合の流体の違いがどこにあるのか、門外のわたしには不明ですが、跳ね上がるドライブを打つ選手のスイングにはある特徴があります。
 それは飛んできたボールの上面を水平にこすったときに起こりやすいようです。郭のドライブスイングフォームは、典型的にこういうフォームになっています。日本では女子の田勢が跳ね上がるドライブが多いようですが、彼女もラケットヘッドを立て気味にして、ボールの上面をこすっているからではないでしょうか。ちなみに、平野のドライブは沈むことが多いようです。
 ボールの上面をドライブスイングするということは、当然スイングは水平にならざるをえません。そうなるとネットにかけることが多くなるのですが、それはスイングスピードを速くすることで解消できるのです。
 さて、いそいでここまで展開してきましたが、どうやらこれからの卓球の進むべき方向が見えてきたようです。
 張のように「間」がとれて、郭のように「跳ね上がる」ドライブを打てることです。これに、男子でみたように、「前陣」「バックハンド強打」「サービス」を加えれば、少なくても卓球王国中国のレベルに達することができます。
 そして、以上のポイントが全日本から社会人、インターハイ、全中へと、さらにあなたの地区での大会レベルに浸透するのは時間の問題です。

卓技研・秋場龍一

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