ハイリスク・ハイリターン・レシーブ法

  今回はレシーブにおける「間合い」について展開したい。ただし、果たして「間合い」という呼称でいいのか自信がない。おそらく、いままで、今回テーマとすることに関して、卓球界ではほとんど論じられたことがなかったので、適切な用語が見当たらないのだ。だから、これから展開することは、とりあえず「間合い」でいくことにする。
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 当時、史上最強とも呼ばれた、元世界チャンピオン河野満(ペンホルダー・表ソフト)のレシーブ法をご存じだろうか? 45歳以上の卓球愛好家なら、ご存じの人もいるだろう。それは、なんと卓球台から3メートルほど離れた位置でレシーブ体勢に入り、サービスが出されると同時に、前にするするっと足を運ぶという河野独特のレシーブ法である。世界の卓球プレーヤー多しといえども、あんなレシーブのやりかたは、過去も現在もお目にかかったことはない。たぶん、未来も、あんなレシーブをする選手は出ないだろう。(ただし河野はその後、レシーブ・ポジションを変更したはずだ)
 と、いったところでなんだが、実は私は河野式レシーブ法をまねて、高校時代のほんの一時期、実戦で使っていたことがある。このレシーブ法の最大のメリットは、台から離れた位置でかまえ、前に足を運ぶ勢いを利用して、フォアハンド強打を打ちやすい点だ。このレシーブ法を使った実感は、ショート・ロングサービスにかかわらず、強打や強フリックが打ちやすいことだ。すべてフォアハンドで、しかも強打でレシーブしたいプレーヤーには、究極のレシーブ法だろう。とにかく先手をとりたい、というレシーブ思想が如実に表れている。
 また、かつて武蔵野高から早大に進んだ大野知子(全日本混合ダブルス3連覇)という、とてもシャープな卓球をするプレーヤーがいた。私は彼女のプレースタイルが、とても気に入って、世界での活躍を期待していた時期があった。レシーブ・ポジションは、女子の平均的な位置だったが、とにかく前へ出て、速いピッチで打ちたいというプレーそのままに、レシーブではかまえから前に出よう出ようとしていた。大野のレシーブスタイルにも、とにかく先手をとりたい、というレシーブ思想が如実に表れている。
 さらに、ベテランながら現役で健闘している田崎俊雄(協和発酵)のレシーブも特徴的だ。両足を上下に小刻みに動かしながらのレシーブのかまえである。レシーブから攻め込みたい、だからレシーブの始動を一瞬でも早くするために、あのように足を動かすのだろう。このレシーブのスタイルは40年ほど前の一時期、流行ったことがあった。実は、私もほんの一時期、採用していた。足をバタバタさせることで、前に始動するダッシュ力がつくのだ。田崎のレシーブスタイルにも、とにかく先手をとりたい、というレシーブ思想が如実に表れている。
 さて、前陣速攻型の個性的なレシーブを紹介したのだが、3人に共通しているのは、レシーブから攻め込んで先手をとりたい、そのためには一瞬でも早く始動し、前に出る勢いを利用したいというものだ。是が非でも、先に攻めたいという気持ちが如実に表れているレシーブスタイルである。
 これらのレシーブスタイルのメリットは、もちろん強打を打ちやすいことだが、その分レシーブミスが出やすいというリスクもある。前に出ようとするだけ、相手に与えるプレー時間を少なくさせることができる反面、自分もプレーする時間が少なくなり、その分ミスも出やすいのだ。ハイリスク・ハイリターン・レシーブ法である。
 このレシーブ法の問題点は、先手をとるというレシーブ思想はいいとしても、あまりにもリスクが大きすぎることだ。強打されるサービスを出すプレーヤーも、上級になるほど激減し、いくら前陣速攻で一瞬でも早く攻めたいといっても限界があるはずだ。多少はボールを余裕で待つ「時間」が必要なのだ。


ローリスク、ローリターン・レシーブ法

 逆に、前に出ないで、きたサービスを待ってとる、典型的なカットマンのレシーブ法も問題がある。レシーブのはじめから、どんなサービスでも、ツッツキやカットで返球するというレシーブ思想である。カット主戦型でなく攻撃タイプにも、とにかくレシーブを安全に返球するということで、サービスを待って待って、まさに受けるようにレシーブするプレーヤーもいる。ローリスク・ローリターン・レシーブ法といったところか。
 この受けて待つレシーブ法は、レシーブミスは少なくなるだろうが、いくら強打できるサービスは多くはないといっても、1ゲームに1、2本はロングサービスや甘いコースや高いボールがくるものだ。その得点機をみすみす逃してしまっている。また、待つ分だけ、相手にそれだけプレー時間を与えてしまう。今後は、カット主戦型であっても、前回紹介した朱世赫(韓国)のように、攻撃型に近い位置にレシーブ・ポジションをとるプレーヤーが増えるだろう。

現代中国卓球と間合い

 「前に出る」「受けて待つ」ということを「間合い」と呼ぶことにする。前に出る間合い、受けて待つ間合い。上級になればなるほど、この「間合い」のバランスをどうとるのかが、大きなテーマとなってくる。前への間合いが強すぎると、強打を打ちやすいもののミスが出やすくなり、受けて待ちすぎると、ミスは減るものの、得点機も減らしてしまう。
 私は、この「間合い」というものに、最大限の関心をはらい、間合いからプレースタイルや打法を研究したのが、第二黄金期にある現代の中国卓球だと思っている。中国は、かつて前陣速攻を創造し世界を制覇して第一黄金期を築いたが、それをスウェーデンのパワードライブに打ち破られた。リスクをかけて前陣から速攻をかけても、中陣からのパワードライブに、完全に力負けしたのだ。そこで、新たに編み出したのが、前陣から前中陣でプレーし、ロングボールは、フォアもバック、両ハンドとも、ボールを引きつけて、トップスピンをかけるというスタイルである。できるだけ前陣でプレーするものの、前に出るリスクはおかさず、受けて待つようにボールを引きつけ、しかも粘着性ラバーでトップスピンをかける。(おそらく、間合いを研究した結果、あの超粘着性のラバーが誕生したのだろう)
 これでボールを「持つ」ことができ、安全性、安定感を得ると同時に、トップスピンをかけることで、つなぎのロングボールを威力あるものにしたのだ。自分のプレーに間合いを持つことで、相手への時間も与えたが、それ以上にミスをするリスクを減らし、またトップスピンで攻撃性を補強したのだ。その最大の成果が、王励勤や王楠、張恰寧だろう。
 日本の卓球界で、この間合いに一番に取り組んでいるのが平野早矢香である。あきらかに、現代中国卓球を意識したプレースタイルだ。ただし、平野の場合、間合いの「前に出る/受けて待つ」バランスが、受けて待つに偏重しすぎている。あれでは、相手に余裕を与えすぎてしまう。全日本2連覇のあとの不調は、この点にあるとみている。
 さらに福原愛も、現在のハイピッチ卓球を今後も指向する場合、間合いの「前に出る/受けて待つ」バランスが最大のテーマとなるだろう。

レシーブの優先順位

  さて、レシーブである。この間合いがもっとも端的に表現されるのがレシーブスタイルだ。「前に出る/受けて待つ」バランスをどこでとればいいのだろうか? つまり、レシーブでのローリスク・ハイリターンをどのように求めるのかということだ。
 これは集中論でも述べたが、頭を前に出さず、「フォーカスイン」の視線コントロール法を使って、しぜんに平静な心境で集中してレシーブ体勢に入ることが、まず前提である。次に、眼球の動きで飛んでくるボールをとらえるようにする。ボールを見るというより、観察するように。そして、このとき、すきあれば強打をねらいつつも、前に出るという気持ちや実際の動きはがまんしよう。
 始動は、手からではなく足から、ボールが飛んできた方向に動くことを意識する。こうすることで、どんなスピン、スピード、コースへのサービスにも、余裕をもってリターンできる。
 どんなサービスがきても、「前に出る」=強打でも、「受けて待つ」=安全返球といような極端に偏重したものではなく、次のような優先順位を意識して、柔軟な間合いでレシーブするといいだろう。

1.レシーブ・エース
(強打やドライブ、強力フリックなどで一発で得点する)
   ↓
2.コースをねらって攻めるレシーブ
(一発で得点できないが、きびしいコースを突いて4球目に攻められるように打つ)
   ↓
3.相手が3球目攻撃できないレシーブ
(ストップやサイドを切るなど、堅い守りの返球)
   ↓
4.とにかく入れる
(相手のサービスが強力、あるいは変化サービスの見分けがつかない場合、甘いレシーブでもミスするよりはましなので、とにかく相手コートに入れておく)

 相手のサービスが出て、こちらにボールがくるまでに、この1〜4まで、どのレシーブにするかを選択するのだ。こうすることで、レシーブの得点機を逃さず、しかもリスクが減って、レシーブミスが減少するだろう。
 また、レシーブの間合いによって、その後のラリーでの間合いにも影響するので、レシーブでの「前に出る/受けて待つ」バランスをしっかりと自分のものにしよう。

※次回の技術論では、3球目攻撃を超有利にする「サービスでの目線」について、また集中論では、「呼吸コントロール法」を展開する予定です。
                                    

                         

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