卓球指導者のための新たなコーナーが始まります。
 幼児から大学生まで、青年から中高年まで、ビギナーからトップアスリートまで、技術論から精神論まで、すべての年齢、すべてのレベル、すべてパートにおける「卓球指導者論」です。
 適時、不定期に掲載しますが、指導者の方のご質問に積極的に応じる用意がありますので、どしどし当サイト(perfect@t3i.jp)まで質問メールをお寄せください。


 では、今回は第1回目として、スポーツ少年団の指導者であり、息子さんが卓球をされている方のご質問にお答えする形で、「子供を指導する原則」「試合で競った場面でのサービスミス防止法」「試合でのミスチェック法」などを解説しました。


小5の息子は競った場面で、よくサービスミスで負けるのですが……

 お久しぶりです。3回目の質問になります。私の息子は小学5年生で卓球歴は1年半になります。基本技術がある程度身についた今年より、積極的に試合に参加するようにしています。
 そこで質問です。息子は競った試合で、例えば9-9というスコアで、サービスが回ってくると、よくダブルフォルト?してしまい、勝てる試合も自滅することが最近目立ちます。
 本人に理由を聞くと「緊張してるし、ミスしちゃいけないと思うとよけいにミスしてしまう」といっています。どのようにアドバイスしたら良いでしょうか? 又、普段の指導方法でどのような点を教えれば良いでしょうか? お教え願います。(千葉のスポ少指導員より)


 こちらこそ、お久しぶりです。そうですか、息子さんが卓球をされていますか。それは楽しみですね。

 競り合った試合でサービスミスをすることや、サービスを出すときに緊張することは、誰にでもあると思います。とくに、小中学生は実際の試合で、サービスミスでゲームオーバーというのはよく見かけることです。
 試合の緊張した場面で、どうすればミスをなくせるのか、その具体的な方法はあるのかと問われれば、もちろん「あります」と答えます。ただし、その解説をする前に、小中学生など、とくに年齢の若い子供たちを指導するうえで、とっても大切なことがありますので、まず、そこから述べたいと思います。

大人は子供の先回りをして教えてはならない

 これは非常に難しい問題なのですが、卓球に限らず子供を育てるとき、「子供の成長、発達の過程で、親や大人が先回りして教えてはならない」という発達心理学の大原則があります。親や指導者は、その子を見ていれば、すぐ近い将来にこういう問題にぶつかることが見えます。だから、ぶつからない前にその問題を取り除いてやろうと、大人がそれを見越して教えてたり、大人が先回りして問題を解決してしまうことを戒める言葉なのです。
 このことに関連して、心理学者の河合隼雄(故人)さんのお話しをご紹介します。
 幼稚園に通うようになった孫がいるおばあちゃんですが、自動車が危険だからと、おばあちゃんは幼稚園の行き帰りを孫に同行すると言いました。周囲の者は大人が一緒に行くと、子供が危険を察知する能力が発達しないので、逆に子供によくないので、それはやめておいたほうがいいと反対しました。でも、おばあちゃんは、やっぱり孫をひとりで通わせることは危ないからと、そんな反対を押しきって、おばあちゃんが毎日、同行して通っていました。
 ある日、おばあちゃんがどうしても同行することができなくなることがあって、その日、孫がひとりで幼稚園に行きました。そして、悲劇は起こったのです。孫は交通事故にあって死んだのです。
 さて、この悲劇を、どうお感じでしょうか?
 この悲劇を防ぐためには、2つの相反する意見があると思います。やはり最初から、孫ひとりで通わせて、車の危険性を知る能力を身に着けさせるべきだったというもの。
いや、おばあちゃんの言うとおり、子供ひとりで行かせたから事故にあったのだ。おばあちゃんが同行できないのなら、ほかの大人か、それができなければ幼稚園を休ませればよかった、というものです。
 私は、このふたつの意見のどちらも理があると思います。ただ、いつまでもおばあちゃんは孫に同行することはできないわけで、どこかで子供ひとりで通わせる時期がきます。これは極端な例かもしれませんが、大人が先回りして、子供を車から守るようなことをやりすぎてしまうと、子供は成長する機会をうしなってしまうのです。もっと、卑近な話でいうと、子供が包丁を使うのは危険だからと包丁を持たせない家庭が多いのか、成人しても野菜ひとつ満足に切れない人が多すぎると思いませんか。
 いくら便利になったといっても、包丁やナイフを使うことは、生活をするうえでかならず必要になります。もちろん、大人になってからでも包丁やナイフを使い始めても遅くありませんが、使いこなす苦労は子供の時期に教わったよりも倍増するでしょうし、子供時代に手先を使うことが少なかった人は不器用ではないでしょうか。また、面倒くささが先にたって、包丁やナイフを使いこなす喜びや楽しさを得るまで、大人になって覚えるほうがずっと時間がかかるでしょう。
 もっと簡単な例では、掛算の問題が出て、はいこれを使えばすぐに答えが出ると、電卓を与える親はいないと思います。やはり少々、苦労しても九九を覚えたほうが、将来に役立つことは明らかです。
 「子供の先回りしない」ことの真意がお分かりいただけたでしょうか。これは、学習教育にも当てはまります。受験勉強に追いまくられる子供たちの現状は、「子供の先回りをする」ことが、社会的に構造化されているようにも見えます。

なぜ試合で緊張するのか

 さて、発達心理学の原則、「子供の先回りしない」ことはスポーツ指導にも、もちろん当てはまります。息子さんは小5ですね。非常に微妙な年齢です。つぎに解説する「緊張した場面でサービスミスを防ぐ方法」について、どのように教えるのか、またその時機など、上記のことを踏まえたうえで実行してください。
 まず、メンタルから。ほとんどの子供たちは試合に出るのが好きです。一度、息子さんに試合に出るのは好きか嫌いか、たずねてみてください。答えが「好き」でも「嫌い」でも、ではなぜ、そうなのかもう一度、聞いてください。
 その息子さんの話を聴いたうえで、試合は緊張するもので、その緊張感は苦しいし、辛いし、人によってはトイレが近くなったり、お腹や胃が痛くなったり、吐き気がしたり、手や足が震えたり、呼吸が早くなったり、心臓がぱくぱく動悸がしたり、手や腋の下に汗をかいたりと、普段ではないような痛みや症状が出るものであること、そしてそれは大なり小なり、誰でも起こることを説明します。
 でも、そんなに嫌な思いをすることをわかっていても、多くの人が休日なのにもかかわらず、朝早くから出掛けて試合に出場するのは、試合は普段の練習とはちがう「何か」があるからにちがいありません。
 ほんとうにいいパフォーマンスをするためには、緊張し過ぎてもだめだし、かといってまったく緊張感がないのもよくありません。ほどよい緊張感があるとき、人はすばらしいプレーをよくするものです。いちばんいいのは、緊張感を楽しめる状態です。
 だから、息子さんが緊張するのは当然だし、また緊張しているのはいいことなのです。まず、「緊張」というものを嫌なものだ、辛いものだと否定的せずに、むしろ肯定的にとらえたほうがよいのです。

自己観察能力

 できれば、緊張感と自分の気分や思いとがいっしょにならないで、その緊張感を眺めるようにできればベストです。よく、人に怒っていても、ケンカをしていても、もうひとりの自分がいて、それを見ているということは、誰にでも経験があることだろうと思います。
 ですから、緊張している自分を「きょうは大事な試合だから、かなり緊張してるな」というように、もうひとりの自分が客観的に眺めてみるのです。このような作業を徹底的にやっているのが、たとえばメジャーリーガーのイチローでしょう。彼は、自分の精神状態だけではなく、自分のプレーを観察する能力が極めて高いのです。もちろん、イチローにかぎらず、トップアスリートはこの「自己観察能力」に長けています。自分で自分を緻密に評価できる能力が人より抜きんでているのです。逆に、たとえば卓球が上手ではない人の多くは、自己観察能力が弱いようにみえます。
 とはいっても、自己観察能力が、人間の能力のなかで最も至難の能力です。自分の目を鏡を透さず、直接見ることはできないのですから。まっとうな宗教的修行のすべては自己観察といっていいくらいです。それほど、人間にとって自己観察とは重要であり、難解なものなのです。

試合の競った場面でなぜサービスミスをするのか

 そのうえで、なぜ緊張してサービスミスをするのかを考えてみましょう。緊張するということは、簡単にいえば「試合に勝ちたい」という気持ちから生まれます。勝ちたい気持ちが、過度な緊張感をまねき、プレーに影響を及ぼしてしまうのです。
 もちろん、試合では誰でも試合に勝とうと思ってするのですが、あまりにも勝負にこだわると、それがプレーというか、身体に影響を与えます。そのもっとも顕著なのが、腕や手、指先です。過度に緊張すると、手許を狂わせて、普段の練習では考えられない凡ミスを招いたり、スイング・フォームに変調をきたします。
 これは何度も書いていますが、勝負にこだわるということは、結果を求めていることです。結果を求めることとは未来のことです。しかし、試合のプレーとは、いま、この現在に起きています。プレーとは、一瞬、一瞬のいまの連続のなかで起きています。それなのに、未来のことに意識が向くと、いまこの現在にいること、つまり集中できなくなるのです。この心のなかの時間的な齟齬が集中力を乱してしまうのです。
 もちろん、大前提として、勝つという強い気持ちを持つことは絶対です。勝つんだという強い決意で試合に臨むのと、中途半端に勝ちたいと試合に臨むのとでは、プレー内容がかなりちがってきます。
 ゲームオールの9-9の場面は誰でも緊張します。このとき大切なのは、自分だけが緊張しているのではなく、相手も緊張していることを理解させるべきです。9-9の場面では、勝つという強い決意があるものの、勝負へのこだわりを捨てて、プレーそのもの、いまこの現在に集中すべきなのです。勝つんだという強い気持ちはあるものの、勝負にはこだわらないのです。この一見、矛盾するようなニュアンスは、小学生にはちょっと難しいかもしれません。でも、小5なら、おそらく理解できるはずでし、そのとき理解できなくても、試合の経験を積んでいくなかで、必ず理解するでしょう。

練習時間の10%を「試合現場」の状況設定に充てる

 そして、普段の練習では、できるだけ試合に近い緊張した状態を思いだして、練習するようにします。そうはいっても、練習時間すべてにそうしろといっても無理なので、たとえば、10分間あるラリー練習をするとき、最後に「はい、次がラスト。ここから試合のつもりで。●●大会の決勝。いまゲームオールで10-9でリードしている。これでミスをしなかったら優勝だ」のように号令をかけます。もちろん、いくらこういうことを言っても、試合とまったく同じ気分にはなりませんが、こう言うだけで、それまでラリーを打っていた気分とはまったく変わるものです。そして、こういう練習を繰り返すと、実際の試合の緊張感に慣れてきます。
 また、練習のときのゲームでも、最後のゲームには、できるだけ実力の接近したラバル同志を対戦させるようにして、先ほどのように、「これが決勝戦。これに勝ったら優勝だ」と子供たちに宣言します。指導者がたった一言こういうだけで、子供は冗談だと知って笑うでしょうけど、それでも喜んで、しかもそれなりの緊張感を味わって、この練習ゲームに入っていきます。
 
優秀な指導者とは「物語を編集」できること

 そして、このゲームが終わったら、みんなを集めて、勝った子の名前をあげて、「●●くん、優勝おめでとう!」と指導者が大きな声で称え、「はい、みんな拍手」と勝者を称えるようにうながすといいでしょう。
 こういうやりかたは、中学生までは、絶大な効果がありますが、高校生でも大学生でも、いや大人でも、それなりの効果がありものです。
 人は物語に入ると熱中します。指導者とは、いかに最適な物語をクライアント(練習生)に提供できるかにかかっています。物語を編集する能力が、指導者の能力だといってもいいほどです。
 よく「あの監督は、選手のやる気を引きだすのが上手い」と言われますが、それは選手たちにやる気を出させる物語を編集する能力に長けているということなのです。いかに選手に「チームの夢を共有させるか」、あるいは「素敵な想像力をかきたたせる」のか、そこが最大のポイントです。

サービスミス防止メソッド

 緊張感対策のメソッドはいくつかありますから紹介しましょう。
 まず、緊張した場面で、サービスミスを防ぐ方法です。サービスミスのほとんどが、ボールを投げあげて打球するまでのタイミングが狂うことにあります。緊張しないときでもミスをするのは、打球がほんのすこし早かったり、遅かったりするからです。
 これが緊張すると、ほとんどの場合、早く打球しようとしますので、普段より打球ポイントが早くなり、ネットミスやオーバーミス、空振りが起きやすくなるのです。
 このタイミングのずれを防止する練習方法があります。それはボールを投げあげ、打つまで、「ワン、ツー、スリー」と自分で心で数えてタイミングをとることです。
 まず、サービスのかまえで、ボールを手にのせて投げ始めますが、ボールが手から離れた瞬間を「ワン」、次にボールが頂点のとき「ツー」、そしてボールが落ちてきて打球する瞬間に「スリー」と数えます。
 普段のサービスの練習や、練習ゲームのサービスのときも、この方法でタイミングをとるようにして、自分のタイミングを覚え込みます。そして、もちろん試合でも、このよう数えて、タイミングをとりながらサービスを出すようにします。とくに、試合ではタイミングが早くなるので、ボールが手から離れる瞬間、頂点、打球時点を正確に数えるようにします。
 この「ワン、ツー、スリー」のタイミング法を身に付けると、緊張した場面でもミスが少なくなります。試合のときだけ、このタイミング法をやっても効果はありますが、やはり練習時からタイミングをとっておいたほうがより正確です。
 また、緊張感は自律神経系の乱れですから、その自律神経に大きな影響をあたえる呼吸を調整するといいでしょう。サービスを出す前、レシーブに入る前、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐くのです。これを一回一回やるだけで、緊張感は薄れ、集中力は驚くほど高まります。
 練習のときも、始める前に、呼吸法をやるといいでしょう。方法は、当サイト「集中論」の「呼吸をコントロールする」で解説していますので、参考にしてください。簡単にダイジェストすると、鼻からお腹を膨らませながら息を吸い込みます。そして、そこで2秒ほどぐっと溜めて、次にゆっくりと口から息を吐いていきます。とくに、この吐くことが大切です。ふっと、溜め息をつくだけでも、かなりのリラクス効果があります。そのとき、臍下丹田に意識をもっていき、何も思わないようにします。これを二分間で6回から8回ほど続けます。

オーバーミス、ネットミスの原因と対策

 また、試合でオーバーミスが多いときは大事に入れようとし過ぎて、いつもよりラケットが下から上にあげているか、打球点が遅いためです。もちろん、相手のボールが伸びてきたり、深いときもオーバーミスが出やすいですので、ボールをよく見るようにすることも大切です。
 あるいは、ネットミスが多いときは、打ち気にはやって、いつもより打球点が早くなっていることが多いようです。ネットミスが多いときは、ボールを十分に引きつけるようにして打つようにするといいでしょう。これももちろん、相手のボールがナックルが入っているときもあるので注意することが大切です。
 このように、試合でいつもよりオーバーミスやネットミスが多ければ、すぐに原因を特定して修正するようにしましょう。試合で凡ミスが多いとき、単に「きょうは調子が悪いぞ」では済まさないで、その原因がかならずあるはずですから、より具体的に自己点検することが大切です。自分のプレーというのはなかなか気がつかないものですから、以上のようなチェックポイントをよく知っておくと、すぐに本来の調子を取り戻せるようになります。優秀なコーチがアドバイス席に居ればいいのですが、それでもアドバイスを受けられるのは1ゲーム(セット)が終わったあとしか聴けません。そのゲーム中にすぐに修正すれば、むだに1ゲームをうしなうことはなかったかもしれないのです。

                     秋場龍一

指導者論
その2 素振りは有効な練習になりうるのか
その3 卓球と文化
その4 試合中のアドバイス

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